中山マコトの”小さな会社・店”がすぐに出来ること。

中山マコトと言うマーケター兼著者が、小さな会社や店、個人、独立志向者に対し、役立つ情報、をかけずに出来る集客・販売、知名度アップ法、書いて伝える方法、商品づくりなどをお教えしています。

菊池雄星、川口知哉に学ぶ、“コーチは絶対に一人だけを選びなさい!”。

中山マコトです。

僕が色んな人と会って話をする中で、いつも大きな大きな違和感を感じることがあります。

 

それが・・・・

「なぜ、何人もの人に教わるの?」

と言う事実。

正直、意味が分かりません。

 

メンターが何人いる!

師匠と呼べる人が沢山いる。

自慢する人いますけど、それ、おかしいですから。

 

もちろんジャンルごとにハッキリと別れているのなら、それはOKです。

が、その区別なく何人もいると言うのは、正直、おかしいとしか言いようがありません。

 

もちろん、世の中には“セカンドオピニオン”と言う考え方があって、複数の意見を聞くのは決してダメなことではありません。

ですがそれは、あくまでも、

「最終的に、どれを取り入れるか?」

のネタ集めでしかないし、

「最良のものを見つけるための、手続き」なんです。

最後はひとり!最後はこの人!

これが原則だし、当然です。

さて、ここで唐突ですが、プロ野球の話をさせてください。

興味が無くても読んでください!!

 

プロ野球西武の菊池雄星投手が大リーグ移籍を表明しました。

ここ数年、二けたの勝ち星を挙げ、堂々たるエースに成長したからこその決断です。

で、菊池投手。

甲子園ではものすごい成績を上げ、鳴り物入りで西武に入りました。

高卒一年目から大活躍間違いなし!とまで言われていました。

が、入団して数年は鳴かず飛ばず

往時の面影もどんどん色褪せて行きました。

理由は・・・と言えば・・・

何人ものコーチが勝手なことを言うからです。

Aさんは右向けと言い、Bさんは左を向けと言う。

これでは処理しきれません。

人気者ですから、みょーな奴らも寄ってきます。

しかもみんな球界の大先輩ばかり。

無視もできない。

そんな中で菊池選手は自分を見失って行きました。

ストレートのスピードも高校時代は歴代最高の156キロを出したにも関わらず、120キロ台に落ちてしまいました。

 

「これではだめだ!」

そう気づいた菊池選手はある決断をします。

「甲子園の頃の一番自分らしいフォームに戻す!」

と言う決断です。

それからある、同チームのコーチ一人だけと、じっくり、本来のフォームに戻す、たったひとりプロジェクトを始めます。

周囲からの雑音はすべてシャットアウト!

とてもとても勇気のいる決断でした。

結果、菊池選手は数年かけて自分を取り戻し、見事にエースに成長しました。

そして、大リーグへと歩を進めます。

 

そうなんです。

教わる相手が複数!なんて言うのはあり得ないんです。

処理もできないのに、取り入れても体を壊すだけなんです。

 

さて、もうひとり。

もっと壮絶な人生を辿った選手がいます。

1997年京都・平安高校(現龍谷大平安)で投手として夏の甲子園大会に出場し、チームを準優勝に導いた川口知哉さんです。

川口知哉さんは高校時代に平安高等学校(現在の龍谷大平安高等学校)で大活躍をしました。

高校1年からエース、3年生の時にはキャプテンで4番でエース。

1997年の甲子園は春と夏、連続出場、夏には準優勝をしています。

左腕から繰り出されるカーブは「消える魔球」と呼ばれ、三振の山を築きます。

「西のドクターK」と呼ばれ、井川慶選手(元メジャーリーガー)や能見篤史選手(阪神タイガース)と「高校生左腕三羽ガラス」と呼ばれ、日本中から注目を集めていました。

メジャーの球団も高い評価をしており、シアトル・マリナーズからは契約金300万ドル(当時の約4億円)も提示されていました。

しかし、川口知哉選手はオリックス入団しか考えてなく、結果的にドラフトでオリックスに入団し、間違いなく活躍が予想されていました。

が、まさかのプロではゼロ勝のまま引退しました。

 

さて、川口選手に何が起きたのでしょうか?

 

彼がプロで活躍することができなかった大きな理由の1つが川口知哉選手の感覚とコーチの指導のズレです。

プロでは最終的に10人近くのコーチから指導を受けた川口知哉選手ですが、コーチ全員が違うことを指導してきたそうで、川口知哉選手の投球フォームはプロ入りから徐々に崩れていきました。

コーチから指導されることは間違っていないと考えつつ、でも違和感も感じていたようで、故障に悩み続けます。

平安高校時代の投球フォームを取り戻そうと川口知哉選手は必死に練習しますが、乱れた投球フォームは戻ることはなく戦力外通告を受け、トライアウト挑戦も採用されずに2004年にプロの世界から姿を消しました。

 

2004年の引退後、建設業を営む実家で働くなどを経て、2010年からは日本女子プロ野球のチームの投球コーチやリーグのヘッドコーチ、監督などを務めてきました。

そして、2018年からは女子プロ野球京都フローラというチームの監督を務めています。

 

今が幸せなら良いと言う見方もあるでしょうが、僕は川口選手の、投げて活躍する姿を見たかったし、寄ってたかって彼をつぶしたコーチや外野たちには憤りを感じます。

 

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でね、ビジネスの話です。

 

結局は、ひとりの人を選ばなければいけないんです。

信じた人のやり方を取り入れ、そこにアレンジとかカスタマイズを加え、結果、オリジナルになる。

守破離ですね。

 

守破離の考え方も、先ほどお話ししたことと同様。

誰かひとり、「この人だ」と信じられる人を見つけ、決め・・・

結果、取り入れたものから自分のオリジナルを作り上げていく。

 

成功者はみんなそうやって来ました。

 

小さいながら、私もそうして来ました。

結果、中山メソッドと呼ばれるライティング技法も手に入ったし、常に常に、新たなやり方を、もっと良いやり方を模索するのも、その考え方がベースにあるからです。

 

何人もの、それぞれに有能な方に会い、言葉は失礼かもしれませんが、捨てるべき人は捨て、最終的に選び抜いた方のやり方をベースに、自分なりの姿を創ってきました。

そして今があります。

 

そしてもうひとつ。

ちょっときつい言い方になりますが、

「キチンと取り入れて、咀嚼(そしゃく)できる力のない人」

ほど、色んな人を追い求める傾向にあります。

 

どれを取り入れたらよいのか?

自分にはどれがあっているのか?

それが分からないから、あっちに行ったりこっちに来たり・・・

笹舟のように漂うわけですよ。

 

その状態で漂い続けても、絶対にうまくは行きません。

もう一度言います。

やり方だけではなく、考え方とか、合う合わない(人付き合いも含め)を判断基準に、

『たったひとりを選ぶこと』

こそが、成功への近道なんです。

 

さて、でも、どうやってその“たったひとり”を見つければいいんだ?と言う疑問もわくでしょうね。

その場合は、こんな↓やり方もあります。

「スモールビジネスオーナープログラム」
https://letter.makoto-nakayama.com/stage-up/

 

※限定5人様だけ。